被害(ひがい)10新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)被害(ひがい)

 
パネル10からパネル15までは、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害(ひがい)について解説(かいせつ)しています。
このパネル10は、「新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害(ひがい)」に関係(かんけい)するパネル(11〜15)への目次パネルです。
 

被害(ひがい)11新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)最初(さいしょ)のころの被害(ひがい)

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)は、今から50年以上(いじょう)前の昭和(しょうわ)40(1965)年に、阿賀野川(あがのがわ)下流の河口(かこう)近くで発生しました。
このパネルでは、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)が発生した最初(さいしょ)のころの被害(ひがい)を、学ぶことができます!
 
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最初(さいしょ)重症者(じゅうしょうしゃ)死者(ししゃ)もいた

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)が発生した最初(さいしょ)のころは、重症(じゅうしょう)被害者(ひがいしゃ)が多く、死者(ししゃ)も出ました。
 
そのため、新聞などでも毎日のように(つた)えられ、当時の日本社会に大きな衝撃(しょうげき)をあたえました。
 
読売(よみうり)新聞(しんぶん)朝刊(ちょうかん)昭和(しょうわ)40年6月13日)

 

最初(さいしょ)は下流の河口(かこう)近くで発生した

 
被害者(ひがいしゃ)最初(さいしょ)、阿賀野川下流の河口(かこう)近くの地域(ちいき)で見つかりました(※地図を見てください)。
 
その後、下流だけでなく、中・上流をふくめた広い範囲(はんい)被害者(ひがいしゃ)がいることがわかりました。
 
最初(さいしょ)のころの被害者(ひがいしゃ)発生の様子

被害(ひがい)12被害(ひがい)解決(かいけつ)に向けた裁判(さいばん)支援(しえん)

 
新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)が発生した後、被害者(ひがいしゃ)の方々は支援者(しえんしゃ)の人々に助けられながら、裁判(さいばん)を起こしました。
このパネルでは、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)裁判(さいばん)や、被害者(ひがいしゃ)支援者(しえんしゃ)のかかわりについて、学ぶことができます!
 
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裁判(さいばん)を起こして勝った被害者(ひがいしゃ)支援者(しえんしゃ)

 
その後、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)たちは団結(だんけつ)して、支援者(しえんしゃ)に助けられながら、阿賀野川(あがのがわ)有機(ゆうき)水銀(すいぎん)を流した工場を経営(けいえい)していた会社を(うった)えます。
 
そして、この最初(さいしょ)裁判(さいばん)に勝って、公害(こうがい)を発生させた会社から、補償(ほしょう)を受けられるしくみがつくられました。
 
裁判所(さいばんしょ)に入る被害者(ひがいしゃ)と支援者
出典(しゅってん):「新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)の三十年 ある弁護士(べんごし)回想(かいそう)」〔坂東(ばんどう)克彦(かつひこ)()〕/NHK(エヌエイチケー)出版(しゅっぱん)掲載(けいさい)新潟(にいがた)日報(にっぽう)昭和(しょうわ)42年6月12日)撮影(さつえい)写真)

 
 
公害(こうがい)による被害(ひがい)解決(かいけつ)に向けて、被害者(ひがいしゃ)支援者(しえんしゃ)が力を合わせて、社会を動かしていったんだね。
当時(とうじ)裁判(さいばん)中の様子(写真所蔵(しょぞう)坂東(ばんどう)克彦(かつひこ)()

被害(ひがい)13新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)被害者数(ひがいしゃすう)変化(へんか)は?

 
新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)が発生してから現在(げんざい)(いた)るまで、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害者数(ひがいしゃすう)には変化(へんか)が見られます。
このパネルでは、平成(へいせい)中頃(なかごろ)令和(れいわ)(はじ)めの被害者数(ひがいしゃすう)をくらべて、なぜその変化(へんか)が起こったのかを考えます!
 
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被害(ひがい)14新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)で起きた差別(さべつ)偏見(へんけん)

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)が発生してから、さまざまな差別(さべつ)偏見(へんけん)被害者(ひがいしゃ)を苦しめてきました。
このパネルでは、「ニセ患者(かんじゃ)」などの差別(さべつ)偏見(へんけん)や、それが別の被害者(ひがいしゃ)にあたえた影響(えいきょう)について学べます!
 
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「ニセ患者」などの差別(さべつ)偏見(へんけん)

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)は、「ニセ患者(かんじゃ)」「金目当(めあ)て」などの、さまざまな差別(さべつ)偏見(へんけん)を受けて、苦しんできました。
 
こうして、地域(ちいき)の中に対立が生まれて、人々の(きずな)がこわれただけではなく、差別(さべつ)偏見(へんけん)をおそれて、声を上げづらくなった被害者(ひがいしゃ)も、多く生み出されました。
 
被害者(ひがいしゃ)のもとにとどいたイヤがらせのハガキ
(写真提供(ていきょう)新潟(にいがた)県立(けんりつ)環境(かんきょう)と人間のふれあい館-新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)資料(しりょう)館-)

 
 
自分の子どもが差別(さべつ)されることをおそれて、当時はだまっていた人が多かったんだね。
差別(さべつ)偏見(へんけん)に苦しむ被害者(ひがいしゃ)
出典(しゅってん):「紙芝居(かみしばい)新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)との出会い~あき子ちゃんの夏休み自由研究~』」〔一般(いっぱん)社団法人(しゃだんほうじん)あがのがわ環境(かんきょう)学舎(がくしゃ)〕)

被害(ひがい)15新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)の主な症状(しょうじょう)とは?

 
新潟(にいがた)水俣病(みなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)は、手足のしびれなどを始めとしたさまざまな症状(しょうじょう)に苦しんでいます。
このパネルでは、人々が水俣病(みなまたびょう)になった仕組(しく)みや、被害者(ひがいしゃ)が苦しむさまざまな症状(しょうじょう)などについて学べます。
 
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食物(しょくもつ)連鎖(れんさ)を通じて広がった被害(ひがい)

 
工場から阿賀野川(あがのがわ)に流れ出た有機(ゆうき)水銀(すいぎん)は、食物(しょくもつ)連鎖(れんさ)を通じて川魚にたまり、その川魚を毎日のようにたくさん食べ(つづ)けていた人が新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)になってしまいました。
 
阿賀野川(あがのがわ)でとれたウグイやニゴイ(写真所蔵(しょぞう)旗野(はたの)秀人(ひでと)()

▲手足がしびれたり、感じにくくなる症状(しょうじょう)
 

手足のしびれなどに苦しむ

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)は、さまざまな症状(しょうじょう)に苦しんでいますが、ほぼすべての被害者(ひがいしゃ)共通(きょうつう)する症状(しょうじょう)が、手足がしびれたり、感じにくくなったりする症状(しょうじょう)です。
 

 

他人からは理解(りかい)されにくい被害(ひがい)

 
新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害者(ひがいしゃ)が苦しむ主な症状(しょうじょう)は、見た目からは健康(けんこう)な人とあまり見分けがつきません。 そのため、症状(しょうじょう)のつらさなどを周囲(しゅうい)の人たちから、なかなか理解(りかい)してもらえないとなやむ被害者(ひがいしゃ)も多くいます。
 
▲(写真所蔵(しょぞう)旗野(はたの)秀人(ひでと)()

 
 

動画で学習されたい方はこちら!

 

 
このYouTube(ユーチューブ)動画では、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)被害(ひがい)について紹介(しょうかい)するシーンから、動画が流れます。
 

 
 

その他のパネルはこちらから!

 

阿賀野川(あがのがわ)が流れる地域(ちいき)紹介(しょうかい)したパネルです。
パネル02〜


新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)原因(げんいん)について解説(かいせつ)したパネルです。
パネル16〜


新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)のその後について解説(かいせつ)したパネルです。
パネル24〜